アートフロントギャラリーは、代官山ヒルサイドテラスのギャラリースペースでの展覧会から地域での芸術祭、個人の住宅からオフィス、ホテル、再開発まで様々な場面に同時代のアーティストの発表の場を求めてきました。アーティストのジャンルは幅広く、その中にいわゆる「日本画」のアーティストたちがいます。現在、「日本画」という定義すら難しく、その表現は実に多様ですが、今号では「日本画」の枠組みを通して私たちが協働するアーティストの仕事を紹介したいと思います。
水墨画の伝統に新しい境地を拓いたアーティストに浅見貴子さんがいます。墨と和紙というシンプルな素材で豊かな空間を表現する作品は、紙の裏から描くという独自の方法によるものです。樹木の姿を綿密にスケッチし、それを元に墨の点と線に置き換えて裏から描き出す、偶然性に委ねるともいえるその手法は、作家本人も思ってもみない姿に樹木を変化させるのです。濃淡のある大小の点からなる抽象的な作品は、アマン東京をはじめとするホテル、オフィスなどの建築空間を、樹木、風のざわめき、光のきらめきやエネルギーで満たしています。
浅見さんが「樹木」という自然を描くのに対し、春原直人さんは岩絵具と墨で「山」を描きます。現在25歳。大学在学中から注目を集め、6月25日からはアートフロントギャラリーで2回目の個展が開催されます。自身の登山体験と山で描いたスケッチを元に、水墨画の基本的な筆法である破墨や溌墨の技法を用い、刷毛跡を重ね合せながら生み出していく様々な山岳風景は、作家の山についての思索の表象でもあります。その清新で迫力ある山の風景は、未知の世界へと私たちを誘い、昨年オープンしたザ・リッツ・カールトン日光のスイートルームにも飾られています。
阪本トクロウさんは自身が見た日常の風景をアクリル絵具と岩絵具で描くアーティストです。空、山、道路、送電線や信号機、公園の遊具といった身近なモノや風景を自ら撮影し、その写真をもとにトレースして描きます。その風景は、独特な構図と抽象と具象の閾にある平面性によって、人の気配を感じさせない不思議な空気感をたたえ、多くの個人コレクターを惹きつけています。
鴻崎正武さんが描くのは、ヒエロニムス・ボスの《快楽の園》を彷彿とさせる古今東西、あらゆるものが混淆する不可思議な桃源の世界《TOUGEN》です。大学時代に学んだ油彩から、岩絵具とアクリルに移行し、洛中洛外図の空間構成や金箔による雲の表現を取り入れながら、故郷の福島県双葉町を襲った原発事故やコロナウィルスといった現実の災厄の中で、未来に向けた絵画を創り出そうとしています。その絢爛なスタイルの屏風や大画面の作品は、代官山蔦屋書店のAnjinをはじめホテル等におさめられ、海外のコレクターの心もつかんでいます。
田中望さんは、アートと民俗学のハイブリッドで新しい絵画世界を切り拓くアーティストです。東北を出発点に地域の風土や民俗学の文献調査、フィールドワークを行い、祭祀や民話などをモチーフに研究・制作を続けています。2012年、大地の芸術祭に参加、現地での取材をもとにし、場所との関りの中で作品制作を行った田中さん。作品には絵巻物のように現代と歴史、世界が交錯する寓話的世界が描かれ、不穏な気配も漂います。まつだい郷土資料館での数度にわたる建物全体を使ったインスタレーションが記憶に残る方も多いでしょう。
田中芳
最後にご紹介するのは田中芳さんです。2013年、53歳の若さで亡くなりましたが、その作品は今も鮮やかな微光を放ち続けています。「作品が自画像の範囲で止まるのではなく、それを突き抜けて、その背後の〝こと″の表現になり、それによって鑑賞者の心を映すものになること」を望み、田中芳さんは多くのコミッションワークに果敢に挑みました。オフィス、ホテル、商業ビル。2015年の大地の芸術祭では、大好きだった越後妻有で作品を展開することを願った彼女の遺志を受け、築240年のぶなの木学舎で自然をテーマに描き続けた彼女の澄み渡った透明でミニマルな世界が展開されました。
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