展覧会2024.09.09

エコ・ヌグロホ インタビュー

先日9月3日に福岡にてパブリックアートを発表したエコ・ヌグロホ。現在、代官山でも個展を開催し、福岡アジア美術館のレジデンスにも参加中の彼に今回の日本滞在でのたくさんの作品発表についてお話を伺いました。インドネシアを拠点に各国で作品発表を行うヌグロホにとって日本とは?

AFG: ここ数年制作を続けてきたパブリックアートがやっとお披露目されましたね。まずは最新作《Blooming》について教えてください。どのような作品ですか?

エコ・ヌグロホ:タイトルの《Blooming》は、絶えず変化し続けて成長していく福岡の街を、咲く花のエネルギーと連想して考えました。また、この作品は日本全体のイメージでもあります。巨大で、ゆっくりと動き続け、成長し続けていく姿を表しています。

様々な色が使われているのは、博多が歴史上、日本の海の玄関口で、世界への開口部だったと知ったからです。この様々な色は、そういった博多の世界へと開いた文化を表現しています。
そしてまた、この作品は異なる世代の人々が共存している姿も表しており、作品の中の顔の目線に意味があります。下段は高齢者の世代で地に足をつけて地面を見ています。真ん中は中間の世代で、宙を見ていて、立場や将来への計画を見据え、次に起こることを見ようとしている。一番上の若い世代は、未来を表しています。
作品の下の部分は、海の波をモチーフに作られています。かつて、福岡の安曇族(古代九州に本拠地を構え栄えた民族)が星を見て航海していたという話と、小さな島の中にある、安曇族の祖先である海神を祀っている志賀海神社がインスピレーションの源になりました。コミッションを受けた時点で考えていたのは、世代間を組み合わせることと、成長する福岡を象徴するものにすることです。

市長に会った後で、海や安曇族、神社、糸島、山笠などからインスピレーションを受け、作品のデザインなどを考えていきました。海の波のイメージや山笠など、どれもが、私にとって興味深いものでした。

AFG:福岡の伝統的な祭り「山笠」の存在は以前からご存知でしたか?

エコ:いいえ、山笠については、作品が選ばれて、昨年福岡に下見に来た時に初めて知りました。福岡市美術館 館長の岩永さんが「作品が山笠に似ている」とコメントをくれて、調べてみて驚いきました。面白い偶然だと思います。

AFG:福岡はアジアの美術や文化を重要視しているので、アジアのアートシーンの第一線で活躍するあなたの、福岡を象徴する作品を設置することをとても歓迎すると思います。今回設置できたことについてはどう思いますか?

エコ:とても光栄なことで、誇りに思います。実は、自分が初めて行った海外の都市が福岡であり、そういったことや、様々な要素が組み合わされている山笠に出会い、興味を持ったりしたことすべてが作品に反映されています。福岡は、自分のキャリアにとって大切な場所なので、場所、食べ物、文化などもっと探求したいし、もっとアートシーンと関わりたいと思っています。
初めて福岡を訪れた際から、疎外感を感じることなく、とても好きになりました。言葉は通じなくても親しみを感じて、いい思い出を持っていたので、インドネシアに帰った時、また福岡に戻りたいと思っていました。
私にとって、始まりの場所でもあり、多くの意味を持つ福岡に、今回は彫刻を持ってくることができてとても嬉しいです。

AFG:では次に、東京で開催中のアートフロントでの個展について、お伺いしていきます。展覧会のテーマを教えてください。

エコ:展示タイトルは《MORE LOVE ABOVE THE PEACE》で、ヒューマニズムや平和といったことが今回のテーマです。1つ目の部屋は、このテーマを基に、今の世界全体を表現しており、2つ目の部屋とも繋がっています。この部屋の作品は、混沌としていながら、大胆で、今日の世界の様です。世界中で起きていることや、今の私たち人類を表しています。見に来た人々に、展示全体の混沌としたイメージを感じてもらいたいです。傍から見ると滅茶苦茶に見える人にも何か理由があるのと同じで、この作品の混沌さも、プロセスがあります。素材も重要な要素で、一見絵画に見えますが、すべて刺繍の作品であるように、プロセスを経て、混沌や大胆さ、怖さが表現されています。

AFG:それは、今回の展示作品が刺繍であるということにも特別な意味があるということですか?

エコ:はい。ジャカルタで長い間コミュニティと協働し、刺繍職人たちと仕事をしていますが、手作業の刺繍というのは、今日ではほぼ失われています。機械を使ってできるようになったので、技術を持つ人々が仕事を失っていて、ドライバーなどに転職しているのが現状です。
彼らには優れた刺繍の技術があるのに、手作業の刺繍の認知度や人気が下がっているため、私は、こうした伝統や文化を残そうと試みています。職人たちとは2001年ごろから協働していて、話し合いや試行錯誤を重ねてきたので複雑な表現もできるようになっています。最初はきれいに整った絵を描いて刺繍にしてもらっていましたが、今ではインクがはねたような、汚れたような表現もできるようになりました。私は、いつも周囲の環境やストリートに呼応した作品を作りたいと思っており、自分の身近にある刺繍やバティックを作品に取り入れてきました。これは人々と関わり、若い人たちに伝統工芸について知ってもらう試みでもあります。工芸とアートは別のものとして切り離されていることが多いのですが、自分の作品ではそれを一体にしようとしているのです。

AFG:刺繍はインドネシアの文化の中でどういう存在ですか?

エコ:刺繍というのはインドネシアで重要な役割を持つもので、日本ではピンバッジをつけたりするのが一般的かと思いますが、政府や、軍、学校などの制服についたワッペンが人々の職種や階級を表しています。刺繍がその人の地位を象徴しているのです。おそらくスハルトの時代から続いている文化で、街の中で位の高い人がワッペンをつけて歩くと、リスペクトされます。

AFG:もう一方の展示室の作品について教えてください。モンスターのように見える作品もありますね。これらにはどのような意味が込められていますか?

エコ:なぜ、いびつな汚い姿のモンスターの形をしているかというと、これは今日の人々の在りようを表しています。私たち人類は、どんどんおかしくなっているとように見えます。特にパンデミックが始まった時から、イデオロギーが人類を凌駕していると感じています。戦争や紛争も多発し、政治やシステムによる分断が深刻になり、人々がモンスターのようになってしまっていると思います。

例えば、「It’s Always Two in One」についてお話しします。二元論のアイデアを基にしていて、人間には、善と悪など、相反する2つのことを内側に抱えているということを表しています。良いものを持とうとするということは、同時に悪いものも持たなくてはならない。良いことをしようとしたら、同時に悪いことをする必要がある。それは人生であり、今日の私たちの姿?です。一つの完璧な物事というのは存在しません。物事は、私たちが決めたからそうなることだけではなく、状況が悪くなってしまうこともあります。

一つの例として、あまり、政治の話をしたくはありませんが、政治は私たちの生活のどこにでも存在し、一般の人々に影響します。自分の近所に住んでいる農民の人たちのなかでも分断が起きています。自分の気持ちを表現することは良いことです。しかし、対話を超えると、それはもう民主主義ではなくなり、コミュニティ同士の紛争になってしまうのです。このようにひとつの物事にはすべて二つの面があり、私たちの中にも、常に対極する二つのものが共存しているのです。

(Protecting unprotectedについて)

この作品は、自分で自分を守らないといけない人々の姿です。こちら側から見ると、作品の人々が怖く見えますが、彼らも私たちを怖がっています。みなが必死に自分たちを守ろうとして、他のコミュニティを押しのけたり、攻撃したりするので、怖い悪魔のような姿に見えるのです。

AFG:では、どちらの部屋も現代の世界やそこで生きる人々を表しているということですね?

エコ:その通りです。私たちを表しています。なぜなら、私の作品は「毎日を生きる」という考えがベースにあるからです。
これは私の意見ですが、どのアーティストの作品も、今この時の生活、環境、時代を反映するもので、アーティストの口から語られなくても、私たちはそれを作品上で見て、感じることができます。
私の作品は、今この瞬間を表現していて、明日は明日の自分のすることが表され、昨日のものは、すでに作品の中に存在し、未来は次の世代のものです。
作品はアーティストの人生の反映し、そのアーティストの国、人生、考えなどが投影されたものだと思っています。

AFG:続いて、9月20から福岡国際会議場で開催されるアートフェアについてお話を伺いたいと思います。ここでは、アートフロントギャラリーのブースにて個展を開催していただきます。アクリル絵の具で描かれた絵画作品と刺繍絵画を出品していただきますが、アクリル絵の具で描く作品と、刺繍作品の違いや変わらない点はありますか?

エコ:違いは、完成した時の表現です。実は、刺繍も絵画も私が描くことから、始まります。絵画は、刺繍を施さずに、私が描いたもので完成します。一方で、刺繍は、自分の絵画をコミュニティの職人たちが刺繍として完成しているものです。彼らが技術を通して、自分の絵画を翻訳していると思っています。職人たちが使う糸の色によって、私が描いた絵から色が多少変わったりするので、彼らとコミュニケーションをとりながら制作をすすめています。これは絵画などの芸術作品とは別のアプローチだと考えています。このやり方はストリートで制作した経験から発見したもので、自分にとってはアートを通じたコミュニケーションの方法の一つです。キャンパスに私が表現し、その上からさらに職人たちが刺繍で表現するので、ある意味では、私が作品の完成形を直接表現しているわけでありません。どちらも絵画ですが、そこが大きな違いです。

作品をつくる時は、この作品は刺繍にしたい、このアイデアは絵画にしたい、そして時々これは彫刻が良いというように表現方法を決めています。アートはハッピーで自分も楽しめて、流動的であるべきだと思っているので、自分の直感に従って、媒体は自然と決まります。予測はできません。感じるままに決めています。

AFG:現在参加中の福岡アジア美術館のレジデンスについて教えてください。

エコ:私が初めて訪れた海外の都市なので、福岡レジデンスに招待された時は、強い思いがありました。日本は強い文化を持っています。私も、子供のころに、アニメや、マンガ、ヒーロー、ゴジラ、など、日本からはビジュアル的に大きな影響を受けてきました。なので、今回は、自分の中の日本のアイデアに近づけた作品が作りたいと思っています。
 まだアイデア段階ですが、今回は柔道着を使った作品を考えています。自分の中の日本のアイデアについて考えているときに、ふと柔道を思い出しました。なぜならよくテレビの相撲を見ていたからです。しかし、相撲は、素材として探求できる要素がなかったので、柔道を思いつきました。

自分にとって柔道着はとても特別なものです。子供の頃、柔道を習いたかったけど、柔道着がとても高くて買えずに、参加できませんでした。なので、柔道を諦め、テコンドーを選びました。そして、レジデンスの作品について素材を考えていたところ、初めは木材やパネルの使用を考えていたが、柔道を思いついて、考えを変えました。頭の中のアイデアには触れないけど、柔道着には触ることができ、触ると日本を思い出します。

レジデンス作品は2週間の展示期間中、屋外で日や雨にさらされることになりますが、それが興味深いです。私の作品が福岡の天気と繋がった柔道着に、どう反応していくか気になります。また、匂いや、雨、気温が作品に染み込んで、展示のあとでも福岡を匂いで感じることができます。

AFG:今後日本で挑戦してみたいこと、日本滞在でアイディアが浮かんだことなどはありますか?

エコ:今回、パブリックアートとして、彫刻を作る機会をもらったので、アイデアがたくさんが生まれました。日本の文化からはたくさん影響を受けたので、日本で作品を展示するときは、観客の反応を見るのが楽しみです。親しみがあるのか、変なものに見えるのか気になります。またチャンスがあれば、日本でのパブリックアートなど、人々が毎日触れるものを作りたいです。

日本は最新の技術と伝統が共存しているところが面白いです。私の家族は、妻が日本の伝統的な文化を見るのが好きで、古い都市や、神社を訪れたがります。娘はアニメや秋葉原などの日本の新しい文化に興味があります。
日本は、伝統文化を守っています。私たちもそこから学ぶものがあると思います。日本と同様に、インドネシアも固有の伝統や様々なルーツを持っていますが、インドネシア政府は、経済の発展を優先し、それを取り上げています。伝統的な部分は観光にのみ使われているので、深い部分に根付かず、失われていきます。
日本は政府の援助もあり、手厚く文化を守っているので、インドネシアでも同じように、守ってほしい。17000以上の島があって言葉も文化もとても多様なのに、失われてきており、とても残念に思います。
(2024年8月29日 アートフロントギャラリー)

展覧会情報

<東京>
エコ・ヌグロホ 個展「MORE LOVE ABOVE THE PEACE」
2024年8月31日(土)- 10月20日(日)
会場:アートフロントギャラリーhttps://www.artfrontgallery.com/exhibition/archive/2024_07/5017.html

DGTMB: Eko Nugroho‘s Products Special Exhibition
開催中~2024年10月末まで
会場:Anjin(東京都渋谷区猿楽町17-5 代官山蔦屋書店 2号館 2F)
https://www.artfrontgallery.com/whatsnew/2024/dgtmb_eko_nugrohos_products_special_exhibition.html

<福岡>

Art Fair Asia Fukuoka 2024
エコ・ヌグロホ 個展
9月19日(木)13:00 – 19:00(VIP View)、20‐22日(一般公開)
会場:福岡国際センター アートフロントギャラリーブース(W02)
出品作品:https://www.artfrontgallery.com/project/gallerys_pick_up_for_the_month_art_fair_asia_fukuoka_2024.html 

●マリンメッセ福岡に5mを超えるパブリックアート《ブルーミング》完成!
9月3日より公開
https://www.artfrontgallery.com/whatsnew/2024/post_371.html

●第22回 福岡アジア美術館アーティスト・イン・レジデンスの成果展「空と地のはざまで」展
9月14日(土)~9月29日(日)
イベント:「第1期 アート・ラウンド・テーブル」9⽉15⽇(⽇)14:00〜17:00
会場:Artist Cafe Fukuoka コミュニティスペース(福岡市中央区城内2-5)https://www.artfrontgallery.com/whatsnew/2024/post_372.html

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