TOPIC2020.08.25

考え、目を見開き続けよう――コロナ禍の世界でアートの可能性を問う
レアンドロ・エルリッヒ インタビュー

金沢に新しくオープンした美術館「KAMU kanazawa」で、コロナ禍の影響で制作が遅れていた新作《Infinite Staircase》がようやく公開となったレアンドロ・エルリッヒ。今、彼は何を考えているのか。ウルグアイの自宅とオンラインでつなぎ、あらためて彼の創造の原点、そしてこれからのアートの可能性をきいた。

―ウルグアイと日本は地球の反対側に位置していますね。そちらの状況はいかがですか。

レアンドロ・エルリッヒ
インタビューに答えるエルリッヒ

エルリッヒ:コロナ禍はそれほどひどくはありません。ちょうどニュージーランドみたいな感じかな。ウルグアイは人口が少ないので、うまくコントロールされています。日本やヨーロッパよりもコロナ禍の到来が遅かったということもあると思います。

―現在の状況をどのように考えていますか。

エルリッヒ:時間とともに、いろいろなことが変わっていくと思いますね。まず、このウィルスの侵略自体はとりたてて新しいものではありません。テクノロジーの使用に関してはここ10~20年で多くのものが生み出されてきましたが、これらのツールは誰でも手にすることができるけれど、様々な変化が起こる時なのだと思います。この事態がおさまっても、変化は残るでしょう。人と会いたいと思うし、一対一の会話が大切だと思っています。でも今、私たちはこうしたコミュニケーションができないという体験をしているのです。それが変だと思っていても、近い将来、そんなに変だと思わなくなるかもしれない。多くの人が同じことを経験しています。人々は動くことを制限され、隔離され、イベントや社会的活動も少なくなり、家族とだけ過ごすようになり、他の人と一緒に働くことが少なくなっている。個人的な時間を持つようになった。これはとても興味深いことです。経済的・社会的にはネガティブなことで、ウィルスそのものよりももっと危険な影響を及ぼすことになるでしょう。でも同時に、世界はしばらく立ち止まらなくてはいけないと思うのです。私たち人間の活動は常に動き続けている機械のようになってしまっている。でも、ものを考える、振り返る時間をもたなければどうなるでしょう。時には静寂も必要なのです。このパンデミックの後は、すべてがもっと意味のある、もっと深い価値あるものになるのではないでしょうか。この感覚がずっと永遠に続くとは思いません。でも、例えば、次の大地の芸術祭や瀬戸内国際芸術祭ではアーティストはコミュニティに対してもっと何かをもたらすことができるのではないか。人々は新しいアイデアや希望をもたらすものを見ることになり、未来に対する信頼をもてるのではないかと思うのです。

――このパンデミックはあなたの作品にも影響を与えると思いますか。

エルリッヒ:もちろんあるでしょう。ただもっと重要なのは、作品そのものは変わらなかったとしても、ものの見方、解釈の仕方は変わると思うのです。世界は変わってしまったのですから。

――確かにそうですね。

エルリッヒ:たとえば、私の参加型の作品は、人々が集まることを前提としています。でも今はそのベストなタイミングではありません。ソーシャル・ディスタンスをとることが要求される。今、私たちは、ソーシャル・ディスタンスはいいこと、安全なこと、生きること、一方、ソーシャル・ディスタンスをとらないことは死ぬこと、と、二分して考えています。この考えを一体化させなければならないと思うのです。もちろん現時点ではディスタンスをとらなければならない、でも同時に私たち人間は社会的動物であるということも考えなければならないのです。

―KAMU kanazawaの「Infinite Staircase」は、金沢では金沢21世紀美術館の「スイミング・プール」に次ぐ2つ目の恒久作品ですね。

INFINITE STAIRCASE at KAMU kanazawa ©️Leandro Erlich Photo by Yasushi Ichikawa
INFINITE STAIRCASE at KAMU kanazawa ©️Leandro Erlich Photo by Yasushi Ichikawa

エルリッヒ:この作品は空間のクォリティを考えて創りました。新しい美術館に空間的なディレクションを与えています。「スイミング・プール」とは直接関係ありませんし、全く違うものではあるのですが、同じ都市にあるということで互いに対話するものであることが重要でした。訪れる人はすでに「スイミング・プール」のことを知っているわけで、ここではそれとはまた異なる新しい経験、建築と空間に関わる経験を創り出すことが重要でした。

――アートフロントギャラリーは2006年、第3回「大地の芸術祭」の参加作品「妻有の家」以来、15年にわたって一緒に仕事をしてきました。「妻有の家」はあなたにとってどのような経験でしたか。

エルリッヒ:何もかもが初めての素晴らしい経験でした。私にとって「妻有の家」は、大地の芸術祭に参加する世界の重要な多くのアーティストたちと共に日本の観客に披露する初めての大規模なインスタレーションでした。あなたたちのおかげで作品は非常にうまくできあがりましたが、それだけでなく、地元の人々が作品をどのように受け止め、どれだけの熱狂を生み出したかという点でも忘れられない作品です。設置後、私は十日町市に数日間滞在していたのですが、その時、作品の隣に住むお年寄りのお宅に招かれました。私は日本語が喋れませんし、彼も英語は話せませんでしたが、私たちは心を通わせ、酒を酌み交わしました。これこそが自然と湧き出る喜び、反応であることを私は発見しました。私にとっては初めての芸術祭でしたが、それはアート関係者やアートコミュニティだけを対象にしたものではなく、道行く多くの人々、越後妻有に住む多くの人々がそこには存在していたのです。大地の芸術祭は国際展のあり方を変えてしまった。その時、私は、北川フラムさんが考えるコミュニティにアートを持ち込んで活性化するというプロジェクトのミッションを非常によく理解することができました。

レアンドロ・エルリッヒ作品「妻有の家」大地の芸術祭2006参加作品photo:Masanori Ikeda
レアンドロ・エルリッヒ「妻有の家」大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2006、photo:Masanori Ikeda  大地の芸術祭実行委員会提供

――私たちはあなたの作品に参加し、その一部になることに驚きを覚え、わくわくしました。あなたの作品を通して地域の家屋の特徴を発見することができました。「妻有の家」は大地の芸術祭にとっても典型的で象徴的な作品であったと思います。

エルリッヒ:そうですね。何もかも満足しています。すべては、その建築がどういうものか、何がこの場所にあっているかをまず調査し理解することから始まります。2010年には瀬戸内国際芸術祭にも参加するわけですが、あなたたちと日本で展開してきたプロジェクトは私にとって何かを実験する、新しいアイデアを生み出し、展開する機会を与えてくれました。私にとってすべてのプロジェクトは、新しい観客に作品を提示するだけではなく、アーティスト自身も触発されるものだと感じています。必ずしもいつも新しいことを実験する必要はないのです。コンテクストと対話することこそが、大変だけれど、やりがいのあることで、大きなインスピレーションを与えてくれるのです。

――越後妻有も瀬戸内も“田舎”なわけですが、都市と地域で仕事をするにあたっては、どのような違いがありますか。

エルリッヒ:アートとつながるベストな場所というのは、必ずしもアートが求められている場所とは限らないと思います。都市は常に膨大な情報にあふれています――商業的・社会的情報、サイン、あらゆる情報に。そして多くの喧騒。一方、田舎では私たちはもっとオープンになれるし、自然に近くなる。面白いのは、クリエイティヴィティと「自然に近い」ということはとてもうまくつながっているということです。今回のパンデミックは私たちの都市と田舎に対するあり方を変えてしまったと思うんです。田舎での生活は都市よりもずっと多くの自由を与えてくれる。都市での生活は多くの規制や制限がある。特に大都市では社会生活にも、文化にもアクセスできない。都市での生活は偉大なものではなくなってしまった。田舎では森の中を自由に歩き、自然のなかにいることを感じ、この異常な状況に閉じ込められてしまっていることを感じることはありません。しかし今、都市では誰もが他者を恐れるようになってしまっています。

――パンデミックによりいろいろなことが露呈してしまった。

エルリッヒ:それがどのような影響を与えるか、何を変えてしまうのかはわかりません。でも二つ言えることがあります。ひとつは、テクノロジーは人々がひとつの場所に共存するためには、過去のように必ずしも必要ではないということ。もうひとつは、日本の人口は都市に過度に集中し、越後妻有や瀬戸内のような田舎にはたくさんの空家ができてしまっている。人々は大都市に行くことを選んでしまったから。でも、これからは新しい考え方が生まれてくるのではないでしょうか。

――人々は都市から田舎に戻ろうとしている。コロナ禍によって、「人間は自然に内包される」という越後妻有の基本理念に、より確信を得たように思います。今という時代に沿った理念であると。

エルリッヒ:その通りです。田舎での生活は人間の経験を完全にし、最高のものにしてくれると言いたいですね。アートは新しいヴィジョン、考えを田舎にもたらす上でも重要だと思います。自然に近いところで生きたいと個人的にも思います。自然の中にいると、すべての答えは自然の中にあると思うのです。アートを考える上でも実に新鮮です。毎日、太陽が昇り、沈む。その一瞬一瞬がアートにとってはインスピレーションなのです。自然とアート、この二つの世界を結び合わせれば、素晴らしいプロジェクトになると思います。

――今、私たちは文明や生き方の再考を迫られています。あなたの作品は20世紀の均質空間に挑戦してきたように思えます。それは近代に対するクリティーク(批評・批判)でもあるのですか?

エルリッヒ:そうですね。私の作品は人間がつくりあげた建物に光を当てています。建物には機能があり、私たちはその中で暮らしています。しかし私の作品では建物は機能を想定していません。建設という行為は自然の営為ではない。建設は偉大であり、人間の世界への参加のひとつのあり方です。しかし私たちの世界への参加は必然ではないのです。はっきりしているのは、私たちはどこにでも存在するように、その存在はオープンだということです。モノと自然とのバランスをとることが重要です。私はモノをクリティークしようとは思っていません。ただ、それを意識し、見つめ、問うこと。そこからアイデアが生まれるのです。

――大学では建築を勉強されたのですか。

エルリッヒ:いいえ、哲学を勉強しました。父も兄も、叔母も家族全員が建築家という家庭に育ちました。私にとって建築は、農場に育った子どもが動物のことをたくさん知っているのと同じようなものでした。どのように場所がつくられ、建設されるかを見ながら育ちましたから、建築はとても親しみ深い、ことばのようなツールとして私の中に組み込まれています。

――なぜ建築家ではなく、アーティストの道を選ばれたのですか。

エルリッヒ:私は常に、新しいモノを世界に創り出したいと強く願っていました。アーティストになろうと考えた時、私はアーティストの人生ってどんなものなんだろうと思いました。それは、自分の目で世界を見ることができる人、自分のモノの見方、とらえ方を他者に伝えることができる人だと思いました。自分のやり方で、自分の土俵で、他者とコミュニケートできる――何て素晴らしいことだろうと私はいつも思っています。かつてのアートはそうではなかったかもしれません。でも私たちの社会では、アーティストはオリジナルであること、自分の声をもつことが必須です。もちろん、現代美術にはトレンドがありますが、それに従っているだけではもはやダメなのです。アーティストになるということは、大きなチャレンジでしたが、大きな自由、そしてチャンスを得ることでした。若かった私は、どうやったらアーティストになれるかわからなかった。簡単なことは、簡単ではないのです。アーティストの人生というものがどういうものかも不確かでした。でも、人生とは誰にとっても不確かなもので、遅かれ早かれ、そういう社会に生まれてきたと悟るものだろうと私はその時思ったんですね。私は人生の早い時期に、不確実性の崖から飛び降りる準備をし、不確実性のボートに乗り込んだのだと思っています。それはまた私の作品言語でもあります。ものごとは思い通りにはならない。でもその時、驚きが生まれるのです。驚きは苦しみを生むかもしれない、でも喜びももたらしてくれる。驚きとは、目覚まし時計のようなものなのです。何度も何度も見つめ直すことが、人生を乗り越える最良の道だと思っています。

――あなたの冒険はまだ続くのですね。大学では哲学を学ばれたとのことですが。

エルリッヒ:高校を卒業してから美術学校に行ったのですが、あまり好きになれなくて。具象絵画か抽象絵画か、なんて議論は面白くないなと。30年前でもこんな議論は古臭いものでした。私はテクニックだけでなく、考え方を探していたんです。例えば、大学で医学を学べば、6-7年後には医者になれる。建築を学べば、建築家になれる。でも美術学校の場合、6年勉強したとしてもアーティストになる道はつかめない。美術の先生になる道はつかめるかもしれない、修了証書は得られるかもしれない、でもアーティストになりたいとしたら?アーティストになる道はつかむことができないのです。でも、自分自身のアートを見つけることはできる、自分がやりたいと思ったことを。それはガーデニングかもしれない、そしたら造園家はアーティストになれるのです。アートというのは、人類にとって本当に面白い活動のひとつだと思います。なぜなら私たちはひとつの方向だけに定められてはいないのですから。

レアンドロ・エルリッヒ《Cloud》2011、飯野ビルディング photo:TAISUKE OGAWA
レアンドロ・エルリッヒ《Cloud》2011、飯野ビルディング photo:TAISUKE OGAWA

――面白いですね。あなたはブエノスアイレスで生まれ育ち、現在はモンテビデオにお住まいです。この二つの魅力的な都市は、ボルヘスやシュルレアリスムの源泉ともなったロートレアモンといった文学者を想起させますが、「場所の力」という意味で、この二つの都市はあなたにどんな影響を与えていますか。

エルリッヒ:非常に多くを負っていますね。私たちは世界の端っこにいる、文化の中心から離れている、周縁にいるといつも感じています。日本やヨーロッパと違ってアルゼンチンもウルグアイも建国200年に過ぎない、とても若い国です。アルゼンチンはメキシコやペルーとは違って先住民族の人口が少ない。いろいろなものが混ざり合ってアイデンティティを創り出している国です。それを定義するのは簡単ではありません。ヨーロッパからの移民が多く、フランス系、スペイン系、イタリア系、ドイツ系と様々で、新しい文化が創り出されてきたと言えるでしょう。こうした文化の混じり合いがボルヘスを大いに魅了したと思いますね。ボルヘスは日本や中国の古代、極東の神秘主義に惹かれ、作品にも取り込んでいました。

――あなたは文学にも触発されて創作されていますね。哲学者では誰が好きですか。

エルリッヒ:たくさんいます。当時は西洋哲学に興味をもっていました。今は東洋哲学にも惹かれていて、アプローチがとても精神的だと思います。プラトン、アリストテレスといった古典ギリシャ哲学は、どうやって人間は世界に現れたのか、この世界はどのようなものなのか、どのようにモノを見るのかという根源的な問いを投げかけました。私は、目を見開いて、自分のまわりにある万象を理解しようとする子どものように自分を感じています。

――世界を発見する喜びがあなたの作品にはありますね。この夏、日本ではまだ移動や旅行が制限されていますが、越後妻有里山現代美術館[キナーレ]は一般公開され、大勢の人々、特に子どもたちがあなたのプールを楽しんでいます。あなたの作品の一部になっていることを喜んでいるのです。子どもたちにどのようにあなたの作品を体験してほしいですか。

レアンドロ・エルリッヒ《Palimpsest:空の池》
キナーレで遊ぶこどもたち

エルリッヒ:私は常に、作品との交感が自然に起こることを期待しています。子どもたちはそれを実にうまくやってのけますが、私たちは時とともにそうした自発性を失ってしまいます。子どもたちにとって、世界は魅力的で驚きにみちた場所です。子どもは長い本は読めませんが、話を聞いたり、遊ぶことはできます。遊ぶことで世界を理解するのです。遊びは知識への最初の一歩であり、私の作品は遊びに満ちています。驚きや新しい認識が喜びを与えてくれる。大人と子どもは違うけれど、同じ動物です。ハマチ(出世魚)のようなものですね。ある年齢に達するともう十分わかったと思い、疑問に思うこと、学ぶことをやめてしまう人もいます。好奇心を失ってしまうのです。でも80歳の人だって新しいアイデアを世界にもたらすことができます。新しいアイデアは若い人だけのものではなく、生きとし生けるすべての人のものです。考え続け、目を見開き続けましょう。

レアンドロ・エルリッヒ Leandro Erlich

1973年、アルゼンチンの首都ブエノスアイレス生まれ。ローマ市立現代美術館(2006)やMoMA PS1(2008)などで個展を開催。ヴェネチア・ビエンナーレ(2001)、リバプール・ビエンナーレ(2008)など国際展に多数参加。日本では、2014年に金沢21世紀美術館で初個展を開催。2017〜18年の「レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル」(森美術館)では延べ61万人を動員した。アートフロントギャラリーは2006年の大地の芸術祭を皮切りに、瀬戸内国際芸術祭KAMU kanazawa、台湾や韓国などでのアート制作をコーディネートしている。
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