TOPIC芸術祭2022.02.25

世界銀行はなぜ、芸術祭に注目するのか――ビクター・ムラス氏にきく

 3月2日、世界銀行によるオンラインイベント「Creative Cities Event SeriesAchieving Local Economic Development Leveraging Art Festivals(クリエイティブ都市イベントシリーズ:地域発展のための芸術祭)」が開催され、アートフロントギャラリー代表の北川フラムが基調講演を行います。その経緯には、世界銀行が、大地の芸術祭をはじめとする地域芸術祭の方法論を開発途上国に適用し、地域経済の活性化を図ろうと、パイロットプロジェクトをスリランカで実施するためのリサーチをアートフロントギャラリーと共同で行ってきたことがあります。
 今回のフォーラムの企画者のひとり、世界銀行 上級都市専門官 兼 東京開発ラーニングセンター(TDLC)チームリーダーのビクター・ムラス氏に、プロジェクトの背景を伺いました。

Q1. 世界銀行およびビクターさんが所属する東京開発ラーニングセンター(TDLC)について簡単にご説明いただけますか。

 世界銀行は、貧困のない世界を目指して、開発途上国の持続的成長と繁栄の果実の共有を支援するため、資金協力、知的支援などを提供する国際開発金融機関です。開発のためのインフラ、保健、教育、気候変動などの地球規模課題、ジェンダー、ガバナンスなど、国際協力の幅広い分野をカバーしています。各分野の専門知識を兼ね備えたスタッフが世界約140カ国以上に駐在し、途上国それぞれのニーズに応じて支援を提供しています。

東京開発ラーニングセンター(TDLC)は世界銀行と日本政府とのパートナーシップにより2004年発足しました。開発途上国における都市開発プロジェクトの成果を最大化することを使命とした知見収集・発信拠点(ナレッジハブ)であり、成功事例やソリューションを融合し、新しい知識と技術的知見を創出するべくイベントやプロジェクトを実施、それを通して都市の専門家や実務家にコラボレーションの機会を提供しています。

TDLCは、都市開発や災害リスク管理、土地問題、環境など横断的な領域に関わっていますが、新しいフロンティアとして、高齢化都市、クリエイティブ都市、健康都市にも取り組み始めています。私たちは日本の6都市(北九州市、京都市、神戸市、横浜市、富山市、福岡市)と日本および世界の専門家で構成される専門家コミュニティとの都市パートナーシッププログラムも実施しています。

Q2. 私たちがビクターさんと知り合ったのは、2020年1月に京都で開催された世界銀行『クリエイティブ都市の形成:競争力と持続性を兼ね備えた都市開発を目指して』 実務者研修会合に、北川を講師のひとりとしてよんでいただいたのがきっかけでした。この会合がどのようなものだったかを説明していただけますか。また、北川がディレクターをつとめる芸術祭は、都市ではなく、田舎ですが、なぜ北川に依頼したのでしょうか。

京都でのプログラムは、TDLCが提供する都市実務者対話型研修(TDD)のひとつでした。これは、世界銀行のクライアント国と開発プロジェクトに取り組んでいる専門家向けの集中的な1週間のプログラムで、日本およびグローバルな実践的な専門知識とソリューションを提供しようというものです。京都でのTDDの記録は出版物としても発表されています。

京都のTDDはクリエイティブ都市をめぐるものでしたが、それは私たちにとって新興のテーマで、クリエイティブ都市に関わる専門家をお招きしました。

フラムさんにご参加いただいたのは、彼が実践している芸術祭の方法論が非常に興味深く、それは農村地域だけでなく、都市にも適用できると思ったからです。“都市”というのは必ずしも東京や大阪などの大都市だけではなく、もっと小さな、主要都市に次ぐ規模のセカンダリーシティーなどもあるわけで、そうした都市にはある種の戦略が必要です。持続的な経済活動、社会的結束の達成に向けた支援のためにも、フラムさんが越後妻有や瀬戸内でそうした課題を解決しようとしてきた方法論は非常に有効だと思い、それを学びたいと思ったのです。京都でのTDDには約10の開発途上国から代表が参加しており、その方法論について皆で考えました。

Q3. 世界銀行はインフラ整備など、ハード面への融資を行うという印象がありましたが、今、なぜクリエイティブ産業に注目しているのですか。また、芸術祭がなぜ開発途上国の持続的成長に有効と思われたのでしょうか。

世界銀行は様々な途上国支援を行っています。インフラ整備などの開発事業への融資だけではなく、都市の競争力強化のための支援も行っています。起業促進、雇用創出、民間によるクリエイティブ産業の開発など、経済発展のための様々な機会をつくりだすための援助をしており、インフラだけではありません。そうした中でクリエイティブ都市が重要だと考えられようになりました。いかに都市の競争力を高めるか、持続可能にするか、住みやすくするか。経済発展、雇用の機会を創出するか。そこからどうやって都市の再生を図るか。京都では、特にクリエイティブなネイバーフッドが地域の活性化を促しているという点に関心が集まりました。

Q4. この研修の後、スリランカで芸術祭を実現するためのリサーチがスタートしました。なぜスリランカだったのでしょうか。

参加者の中にスリランカの事務次官(Permanent Secretary)がいました。彼はフラムさんが発表された芸術祭の方法論に大変関心を持ち、スリランカ、特にセカンダリーシティーで芸術祭をパイロットプロジェクトとしてやれないかと提案してきたのです。

Q5. このような提案が出てくると予想していましたか?         

彼の提案がどういう形になるかはわかりませんでした。私たちはそれをボトムアップで検討していったわけですが、芸術祭の方法論は有望ですし、成果も出しているわけですから、それが開発途上国、同様に先進国に適用しうると思っていました。おそらくそれは多くの関心を集めたのでしょう。そうしたスリランカの同僚からの提案を日本の事例から引き出せたことを私たちもとても嬉しく思いました。

Q5. 私たちもこのような展開になるとは予想していませんでした(笑)。
芸術祭の手法とは、どのようなものと理解していますか。

スリランカとの関連で言うと、芸術祭の方法論で興味深いのは、地域をどう見るかという点です。経済力、経済活動があまり豊かでない地域でも、そこにはコミュニティがあります。コミュニティ、そしてその創造性を活用しながら、国際的なアーティストを連れてきて、彼らを触媒として地域を活性化させる。そうした芸術祭の動きと観光戦略を結びつける。芸術祭の周辺にはレストランから工芸品まで、さまざまな二次的産業も生まれています。それによって経済的な発展が促される。こうしたコミュニティの考え方の変化は、コミュニティのポテンシャルや創造性を引き出し、グローバルなアーティストの参加によってさらに加速されます。フラムさんが発展させてきた方法論によって運動がさらに活気づき、地域を持続可能で活力に満ち、グローバル的にも魅力的なものになっていくのです。

Q6. スリランカのパイロットプロジェクトのためのリサーチはコロナ禍の影響により中断となりましたが、最近、再開されようとしています。今後、どのように進められていくのでしょう。

正直、まだわかりません。現時点ではあまりにも複雑な要素が絡み合っています。私たちはチームで活動しており、スリランカ政府と共同でプロジェクトを進めています。スリランカの現地チームの方が当然、現地のことはよくわかっているので、どのように再開すべきかについても考えがあるでしょう。理想的には長期的で全体的な地域プロジェクトの中に芸術祭を位置づけ、再開するのがいいと思います。

Q7.スリランカは美しい島国ですが、多民族国家で、長く内戦が続き、2004年には大津波に襲われるなどの苦難も経験しています。

スリランカは確かに複雑な環境にはありますが、有能な国で、近年は力強く変化しています。調査の結果からも、芸術祭の十分な可能性はあると思っています。その証しでもあるのですが、パイロットプロジェクトに対するコミュニティの関心は、芸術祭の持続可能性に関わるものでした。候補となっているエリアは、首都からかなり離れたところですが、これまでとは異なる新しいアプローチを歓迎しています。ただ、地元の反応がいい、アーティストも含むコミュニティーの最初の関心が高い、といった条件だけではパイロットプロジェクトがどのように展開するかは判断できないわけで、政府が求める要件等、いろいろな要素が絡み合ってきます。

Q8. 芸術祭の方法論は、中国やヨーロッパの地域等にも広がっており、ひとつの潮流となりつつあるように思いますが、ビクターさんはアートについてどのように考えておられますか。

個人的には、父がギャラリーを持っていたこともあり、アートに近しい環境で育ったということはありますが、アートが素晴らしいと思うのは、人々に創造性をもたらしてくれること、これまでとは違った形で人々をつなげてくれることです。国際的なアーティストが関わることで、地域を刺激し、地域が世界に対して開かれていく。開発途上にある地域で、自分たちにはできないと思っていた人たちが、これまでとは違う考え方をするようになる。アートは、違う可能性があるということを示してくれる。私が越後妻有や瀬戸内、そして市原を訪れて印象的だったのは、地域の人たちが芸術祭を通して「自分たちはできる」と感じていることでした。

Q9. 世界銀行が芸術祭に関心を持ってくださり、協働しようとしてくださっていることは、私たちにとって大きな励ましです。最近、日本でも経団連が「地域協創」として芸術祭を文化を通じた地域の活性化を重要なテーマと考え、大地の芸術祭を連携先に選ぶなど、芸術祭に企業が関わる動きが生まれています。

それを聞いて嬉しいです。世界銀行と同じですね。開発途上国にも広がっていくことを願っています。このように考える人がもっともっと増え、こうした動きが広がっていくといいと思います。

ビクター・ムラス Victor Mulas
都市開発分野の知見収集・発信拠点(ナレッジハブ)である世界銀行東京開発ラーニングセンター(TDLC)のチームリーダー。TDLC以前には、行内で革新的技術(Disruptive Technologies for Development:DT4D)を主導し、イノベーション・起業家ユニットで都市のスタートアップエコシステム分野を開発、世界銀行のイノベーション・ラボにて行内のイノベーション加速プログラムを立ち上げる。その間、世界各地でオープンイノベーションやスタートアップエコシステムの開発プロジェクトを主導し、スタートアップエコシステム、革新的技術と経済の変革に関する先進的な研究を進めてきた。

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