TOPIC芸術祭北川フラム2022.04.20

美術という分身を通して、故人に再会する旅(4)
北川フラム

大地の芸術祭に参加し、故人となられたアーティストたちを紹介するシリーズの第4回です。  

第1回の記事
第2回の記事
第3回の記事

中原佑介(2011年3月3日逝去。享年79歳)

中原佑介さんはアーティストではありませんが、大地の芸術祭を試行錯誤する中で、私たちが今どこにいるのか、どこに向かおうとしているのかを指し示してくれた美術評論家です。

中原さんが亡くなられたのは、2011年3月3日。その死が公表されたのは、東日本大震災の前日、3月10日のことでした。中原さんは、湯川秀樹研究室で理論物理学を研究する大学院時代、1955年に書いた「創造のための批評」が美術出版社主催の美術評論募集で一等となり、美術評論家としてデビューした異色の経歴の持ち主でした。膨大な数の作家論を書き、実に丁寧にアーティストの仕事を見、その展開を追い続けた方でした。1970年には日本における国際展の画期をなした「人間と物質」展のコミッショナーをつとめ、クリスト、ダニエル=ビュレンヌ、リチャード・セラ等、後に世界のスーパースターとなる若きアーティストたちを紹介。その後もベニス・ビエンナーレ等のコミッショナーをつとめ、美術館館長、大学教員、画廊での作家の推薦など、その活動は現代の評論家のあり方を示すものでした。

中原さんが最後に関心をもってくださったのが、大地の芸術祭でした。最期の10年となった2000年以降、中原さんは大地の芸術祭をずっとフォローし、定位しようとして下さいました。

「越後妻有アートトリエンナーレ2000」は(・・・)展覧会のありかたとして20世紀の最後に登場しながら、21世紀の美術の動向に指標をあたえ得るものだと思っている。それは別段、妻有のような土地環境こそ21世紀の美術の土壌だという意味ではない。脱都会、地域との関係、脱美術館、そういったさまざまな問題の入り口としての「越後妻有トリエンナーレ」の成果の大きさのことである。(第1回大地の芸術祭記録集より)

再度強調しておきたいのは、これがいわゆる単なる野外美術展ではないということです。(・・・)このアートトリエンナーレが現代の美術のあり方に、多くの、しかも大きな問題を提起しているということを私は断言してはばかりません。非都会環境での国際展ということだけではなく、芸術と地域コミュニティーとの関係、芸術とコミュニケーションの問題、さらには現代美術とはなにかという問題について、きわめて多くを考えさせる回答を提供したのが今回の越後妻有アートトリエンナーレ2003だったと思います。

美術は終わったという声は小さくないのですが、私は妻有で、そんなことはないでしょうという声を聞いたような気がします。空耳ではないことを。(第2回記録集より)

中原さんが亡くなられた年の8月22日、80歳になるはずだった誕生日から、『中原佑介美術批評選集』の出版が始まりました。先月16日に急逝された池田修さんが主宰するBankART1929と私たちの出版社、現代企画室による共同出版で、今もその刊行は続いています。中原さんの問題意識を次の世代に引き継いでいきたい。中原さんの3万冊の蔵書は、越後妻有に寄贈され、旧清水小学校に文庫が設けられています。

川俣正《中原佑介のコスモロジー》大地の芸術祭2012 photo:Osamu Nakamura

中原さんが70年前から書き記されてきたことは、今なお緊喫な課題です。それは、文明そのものの踏み分け道となっている現在、「美術」という狭いジャンルを超えて、美術をうちに含む芸術はどこまで人をつなげるか、という課題、人間は自らが内包されている自然とどうつきあっていくのか、という二つの課題として読みかえることもできます。

結果として中原さんの最後の関わりとなった2009年のトリエンナーレについて、中原さんはそれを「脱芸術」と呼び、次のような積極的な評価を与えてくれました。

 脱芸術というのは、既成の芸術の呪縛からの開放を志向する芸術です。(・・・)都市環境のどのような美術施設でも、大地の芸術祭でのような美術の変化を実現できなかったことは、注目すべきだと思います。(・・・)私の脱芸術という発想もこの大地の芸術祭から生まれました。(第4回記録集より)

中原さんが亡くなられてから12年目の大地の芸術祭が始まります。


安齊重男(2020年8月13日逝去。享年81歳)

 安齊重男さんは、独学でアーティストとしての道を歩み始め、1969年、李禹煥との出会いをきっかけに同年代の作家たちの作品を記録するようになったと言います。上述した中原佑介さんの「人間と物質」展で海外作家のアーティストのアシスタントを務めながら写真での記録を行い、そこから本格的な「アート・ドキュメンタリスト」の道を切り拓いていかれました。形としては残らないインスタレーション、その場だけのパフォーマンス、ハプニング等を撮影していきました。アーティストであった安齊さんの写真は、単なる記録ではなく、アーティストに伴走する現場の“ドキュメント”でした。

 私たちは、ヒルサイドギャラリーでの展覧会の頃から安齊さんに写真をお願いし、ファーレ立川全109作品、第1回、第2回の大地の芸術祭出展作品のすべても安齊さんに撮影していただきました。安齊さんは、“写真家”というよりは、私たちの頼れる助っ人であり、若いスタッフにとっては“兄貴”のような存在でした。安齊さんがおられることで、アーティストとのコミュニケーションがスムースにいくこともしばしばでした。

 フィルムで撮影し続けた安齊さん。デジタルに移行する中で、私たちがご一緒する機会も少なくなっていきましたが、安齊さんが撮らなければ記録に残らなかったシーン、作品は数多く、安齊さんの写真がなければ私たちの仕事もまた残らなかったのだとその貴重なお仕事に敬意を表します。

  • ダニエル・ビュレンヌ《音楽、踊り》大地の芸術祭2000 photo:ANZAÏ


ハーマン・マイヤー・ノイシュタッド(2009年1月15日逝去。享年54歳)

ハーマン・マイヤー・ノイシュタッドは第2回の大地の芸術祭に参加したドイツのアーティストです。松代・城山を登る道の途中、休耕田の奥に現れる、3つの巨大な筒からなる彫刻《WDスパイラル・パートⅢマジック・シアター》。中に入ると、3本の筒はそれぞれ異なった内装を持つ部屋になっています。アクリル板やFRPなどの半透明、鏡面の壁と天井を持ち、外の林や草むらが透けて見えると同時に、そのなかに自分の姿も見ることになります。ノイシュタッドさんは建築、ドキュメンテーション、ファインアートの境界を消去するような作品をつくり、「壁を置くことでその向こうにあるものを意識するようになる」と語りました。 この作品はシリーズのひとつで、妻有での作品は、地元住民と来訪者をつなぐ場所であって欲しいという願いを込め、「そこに集まるすべての人たちの劇場」という意味のタイトルがつけられました。

ハーマン・マイヤー・ノイシュタット《WDスパイラル・パートⅢマジック・シアター》
photo:ANZAÏ


ジャクリーヌ・マティス(2021年5月17日逝去。享年90歳)

 ジャクリーヌ・マティスさんは、アンリ・マティスの息子ピエール・マティスとマルセル・デュシャンの2度目の妻だったアレクシナ・デュシャンの長女としてフランスに生まれました。マティスの孫でデュシャンの継娘という、まさに美術史のスーパースターの血統を継いだ彼女は、凧のアーティストとして知られました。凧は風を受け、光と戯れ、空に色と線を描き、時に雲に隠れ、鳥に挑みます。凧は壊れやすく、それでいて強く、絶え間なく動く彫刻でした。凧は彼女にとって、自由の象徴でした。
 越後妻有では、2001年、大地の芸術祭のプレイベントとして信濃川の河原で凧をあげるワークショップをしていただきました。

ジャクリーヌ・マティス《スカイワーク》大地の芸術祭プレイベント 2001

 以上で、「美術という分身を通して、故人に再会する旅」の連載は一旦終わります。アーティストだけでなく、故人となられた住民、サポーターの方々も多数おられます。あらためて芸術祭を支え、協働してくださった方々に感謝し、ご冥福をお祈りいたします。

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