TOPIC芸術祭北川フラム2022.02.03

美術という分身を通して、故人に再会する旅(1)

北川フラム

 大地の芸術祭の準備をし始めてから四半世紀、「ゆりあ・ぺむぺる工房」というグループで美術に関わる活動を始めてから半世紀になります。この間、多くの知人、アーティストが亡くなりました。特にコロナ禍のこの2年間、お葬式も内輪で行われるしかなく、のちにその死を知ることになります。作品を間にはさみながらの故人とのデリケートで緊張したやりとりは、思い出となって、今も私の五感、身体を包んでくれています。故人にしかわからない独特の時空間の膜があって、私はそのごく一部の局面しか触れえていないのですが、美術というアーティストのいわば分身を通してのものだけに、そこには生々しい爽やかさが漂っているようです。

 今年の大地の芸術祭では、それらアーティスト一人ひとりのささやかな追悼の展示とツアーを行おうとしています。何回かにわたって、そのご紹介をしたいと思います。

●ホセイン・ヴァラマネシュ(2022年1月15日逝去。享年72歳)

 ヴァラマネシュさんに初めて作品をお願いしたのは、1994年に誕生したファーレ立川のパブリックアートでした。イランに生まれ、国の社会的政治的な抑圧から逃れるためにオーストラリアに移住した彼が、米軍基地跡地の再開発のために制作した作品《きみはただここにすわっていて、ぼくが見張っていてあげるから》は、車止めとベンチという条件を守りながら、自分が使っている椅子、本をブロンズの車止めにし、彼の作品の特徴でもある自らの“影”を舗道に刷り込んだ。彼自身の日常を日本の公共空間に突然登場させたものでした。
 大地の芸術祭では、第1回(2000年)に《雪の記憶に》というインスタレーションをブナの森で展開し、再びの参加となった第7回(2018年)ではアンジェラ夫人との共作で、オーストラリアハウスの庭に《ガーディアン》という立体作品を作ってくれました。ヴァラマネシュさんは文字通り“守り神”となって、これからもオーストラリアハウス、越後妻有を見守っていてくれるでしょう。

ホセイン・ヴァラマネシュ《雪の記憶に》大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2000

●ジミー・ダーハム(2021年11月17日逝去。享年81歳)

 ジミー・ダーハムさんとの最初のお仕事もファーレ立川の作品でした(《ガラガラヘビ星と7つの方位》)。「世界を映しこむ街」というコンセプトを実現するために、私たちは様々な民族・出自のアーティストの参加を求めました。ダーハムさんは、アメリカ先住民チェロキーをルーツに持つ詩人、政治活動家でもあり、急速な近代化の中で失われていくチェロキーの環境と調和する文化を、美術を通して人々に伝えようとしました。少数民族出身のアーティストたちの発表の場「アデプト・アート・センター」を設立したり、国連の代表を務めたこともありました。2019年ベネチア・ビエンナーレでは生涯にわたる功績をたたえる「栄誉金獅子賞」を受賞しています。

若い時、兵役で日本に滞在した経験もあり、基地跡の雰囲気が残る立川の街を感慨深げに歩いていたことを思い出します。北極を一緒に歩こうと誘ってもくれました。第1回の大地の芸術祭では、かつて家があった痕跡を暗示する作品を制作しました。それは今もかすかに松之山に遺っています。

ジミー・ダーハム《※》大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2000 photo by ANZAÏ 

●古郡弘(2021年9月18日逝去。享年74歳)

 古郡弘さんは第1回から大地の芸術祭に参加してくれたアーティストです。第2回の《盆景-II》は地域との協働がいかなるものかを強烈に印象付けた作品でした。田んぼに巨大な砦のような土壁をつくりたいという彼の願いを受け、休耕田を用意してくれた下条地区。しかし、開幕まで3週間となっても半分もできていない。古郡さんは慌てる様子もない。そこで長老たちは「大人たちは可能な限り有給休暇を消化して、子どもたちは学校が終わり次第現場に入るべし」と全戸におふれを出したのです。以後、ほとんど雨続きの3週間、連日泥田の中で格闘し、当初の計画を超える規模の作品が完成したのです。農村の伝統である労働を貴ぶ心とアーティストが手で作品を作り上げていく作業との幸福な化学反応でした。芸術祭が終了し、砦を土に還すときに下条の人々は祭りを催しました。今も語り継がれる伝説のような作品です。第3回では、中越大震災で最も被害が激しかった願入集落で地元の土建屋さんとの協働により《胞衣-みしゃぐち》を制作。第6回、2015年に発表された何千枚ものカラスの羽を使った《うたかたの歌垣》は、6年の歳月をかけて制作された作家の執念を感じさせる作品でした。

古郡弘《盆景-II》大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2003

●高野文彰(2021年8月31日逝去。享年77歳)

 高野文彰さんは、日本を代表するランドスケープ・デザイナーでした。1975年に高野ランドスケーププランニングを設立。象設計集団との協働も多く、1990年代初め、彼らとともに拠点を東京から北海道・十勝に移し、国内外で多くの公園や庭園の企画・設計やデザインを手掛けてこられました。越後妻有では、まつだい農舞台フィールドミュージアムの城山一帯の環境プロデュースをお願いしていました。今後も高野さんの事務所と、彼らの拠点がある台湾のランドスケープ・アーキテクツ・チーム、田中央工作所と協働していきます。

●富山妙子(2021年8月18日逝去。享年99歳)

 富山妙子さんは日本人が向き合おうとしない戦争加害の問題に画業を通して取り組んだアーティストでした。少女時代を旧満州(中国東北部)で過ごした経験が原点でした。大地の芸術祭では2009年、第4回で《アジアを抱いて―富山妙子の全仕事展1950-2009》を開催、炭坑、韓国、戦争責任などをテーマとした12シリーズ、200余点の作品を展示しました。会期中には長年協働してきた音楽家の高橋悠治さんらが絵物語に合わせて演奏するコンサートも開催しました。日本の美術界では周縁を生きざるを得なかった富山さんですが、将来、この時代の日本最高の画家であったと評価されるでしょう。アートフロントギャラリーの姉妹会社である現代企画室から、『silenced by history 富山妙子時代を刻む』(1995)、『蛭子と傀儡子 旅芸人の物語』(絵:富山妙子、音楽:高橋悠治、2009年)も出版されています。

《アジアを抱いて―富山妙子の全仕事展1950-2009》大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2009 photo by Takenori Miyamoto+Hiromi Seno

●クリスチャン・ボルタンスキー(2021年7月14日逝去。享年76歳)

 クリスチャン・ボルタンスキーさんの訃報は、全世界、そして日本でも大きく報道されました。第1回以来、彼は最も長く、深く大地の芸術祭に関わり続けたアーティストでした。その詳細はこちらをお読みください。
 幼い子供からお年寄りまで、膨大な数の人々がボルタンスキーの作品を体験し、今も強烈な印象を持ち続けていると思います。ボルタンスキーは、いつか自分の名前が忘れられても、その作品が古いお寺や神社のように、巡礼の地となることを望むと語りました。越後妻有にそのような場所を遺してくれたこと、私たちに美しい思い出を残してくれたことに心から感謝しています。

●本間惠子(2021年6月19日逝去。享年69歳)

 本間惠子さんは私と同郷の新潟県高田(現上越市)生まれ。教員をつとめながら、造形活動を続け、1990年からは堀川久子、大野慶人氏らのモダンバレエや舞踏のワークショップに参加、パフォーマンス活動も行っていました。2008年、新潟在住のアーティストたちによる「雪アート・新潟ユニット」の結成に参画。以後、毎冬、越後妻有で開催される《雪アートプロジェクト》に参加しました。雪アートの原点は、新潟現代美術家集団GUNが1970年2月に信濃川河川敷の雪原に鮮やかな顔料で染めた「雪のイメージを変えるイベント」にありました。グループの活動は雪の時期だけではなく、築100年を超える古民家「湯山の家」(現 ギャラリー湯山)でも展開され、本間さんも仲間たちと共に積極的に作品を発表しておられました。

雪アート・新潟ユニット 雪上絵制作風景 越後妻有2010冬

大地の芸術祭にかかわりがあった、この一年の間に亡くなられた方たちについての覚え書きです。心からご冥福をお祈り申し上げます。合掌。

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