芸術祭北川フラム2022.02.25

美術という分身を通して、故人に再会する旅(2)

北川フラム

大地の芸術祭に参加し、故人となられたアーティストたちを紹介するシリーズの第2回です。  

第1回の記事

ブルーノ・マトン(2020年4月3日没。享年81歳)

マトンさんは、第1回の大地の芸術祭に参加、十日町市の指定文化財・鉢の石仏に《6つの徳の物語》という作品をつくってくださいました。マトンさんはパリの映画学校を卒業後、フランステレビ・ラジオ局で文芸ドキュメンタリー・フィルムを制作、フランス国立映画センター賞を受賞するほどの映像作家でしたが、より直接的な表現を求め1986年より銅版画を学び、版画や油彩画、アクリル画などを発表しながら、美術評論や短編小説も手がけました。

地域の大反対の中で始まった大地の芸術祭。その中で参加の手を挙げてくれた2つの集落のひとつが鉢でした。マトンさんは奥様の栗原一栄さんと共に鉢に滞在しながら制作し、集落の人たちと毎晩のように酒を酌み交わし、実に楽しく豊かに交流してくれました。それは緊張感の中にあった私たちをどれだけ和ませてくれたことでしょう。マトンさんのユーモアとやさしさあふれる人柄は多くの日本の友人にも愛され、《6つの徳の物語》には大岡信さん、谷川俊太郎さん、津島佑子さんなどが言葉を寄せ、銅版詩画集としても発行されました。

ブルーノ・マトン《6つの徳の物語》photo:ANZAÏ

※5月8日まで、ミュゼ浜口陽三で「浜口陽三、ブルーノ・マトンーひとつ先の扉」が開催されています。

中村敬(2020年3月6日没。享年54歳)

中村敬さんは第3回の大地の芸術祭に公募で選ばれ、儀明集落の空家で《くじら屋根の美術館》を制作しました。室内全体をキャンバスとし、会期中もずっと描き続け、スタッフやこへび隊と毎日まいにち、朝から深夜まで協働作業を続けていました。「集落の方が早朝にそっと野菜の差し入れを持って来てくれたときは童話を読んだ時のように優しい気持ちになりました」と敬さんは書いています。 
その後、敬さんは犬伏集落で「伊沢和紙を育てる」というプロジェクトに取り組みました。犬伏の和紙職人・山本貴弘さんと創作和紙を共同開発し、地場産業として活性化する活動を始めました。築50年の民家に、木材と創作和紙を組み合わせた力強いオブジェを展開しました。団扇など和紙の小物も開発し、会期終了後も創作和紙の制作、販売活動を継続していました。

中村敬《伊沢和紙を育てる》Photo:Takenori Miyamoto+Hiromi Seno

舟越直木(2017年5月6日没、享年64歳)

舟越直木さんは“アーティスツ・アーティスト(artists’ artist)”と言うべき人でした。彫刻家である舟越保武さんを父に、舟越桂さんを兄に持ち、ふたりとは異なる抽象的造形を追求した直木さんは、不思議な、みずみずしさに満ちた多様なかたちをドローイングや彫刻に遺しました。

2003年、大地の芸術祭で発表した作品《星の誕生》は、小学校の草地の斜面に5つの球体を一列等間隔に並べたものでした。直木さんは名前、特に地名が好きだったといい、5つの球体には世界各地の地名がランダムに記されています。設置場所を小学校にしたのも、それらの球を遊び道具にして欲しいという願いと、子どもたちの名前を自分の作品に残してほしいとの思いからでした。小学生58人が参加し、それは直木さんにとって初めての他者参加の作品となり、嬉しかった、と直木さんは記しています。その作品は、今も、松之山学園にあり続けています。

舟越直木《星の誕生》

ジャン=リュック・ヴィルムート(2015年12月17日没、享年63歳)

 ヴィルムートさんは、2003年、まつだい農舞台の「越後まつだい里山食堂」に《カフェ・ルフレ》を制作しました。「ルフレ」とはフランス語で「反射、反映」の意味。彼は100台程のインスタントカメラを住民に用意し、自宅の窓からの風景を撮影することを頼みました。天井にデザインされた4つの円形照明を利用して、1年に及んで撮影された窓からの風景を四季に分けて設置し、鏡面の天板をもつテーブルに四季の風景が映し出されます。「里山食堂」が大人気の理由のひとつは、明らかにこの美しい空間にあります。
パリのエコール・デ・ボザールの教授だったヴィルムートさんは教育者としても高い評価を受け、学生たちに慕われていました。東日本大震災の被災地でも制作し、2015年の大地の芸術祭では、林間学校に参加した被災地の子どもたち、芸大、ボザールの学生たちと共に《私と自然》というパフォーマンスを実現させました。
その年、私の著書の英語版『Art Place Japan- Echigo-Tsumari Art Triennale and the Vision to Reconnect Art and Nature』が出版されると、その記念講演会をボザールで開催してくれました。そのわずか1週間後、滞在先の台湾で急逝されたとの報を受け取った時の驚きは忘れられません。

ジャン=リュック・ヴィルムート《カフェ・ルフレ》photo:Ayumi Yanagi

スティーブン・アントナコス(2013年8月17日没、享年87歳)

アントナコスさんとの出会いは、1994年に竣工したファーレ立川のパブリックアートをお願いした時でした。彼は1950年代後半より、工業的な素材であったネオンを使った作品をつくり、多くのパブリックアートを手掛けました。彼はネオンという線と色をもつ素材を使って都市のなかに朝、昼、夕、夜と違った表情をつくりました。2才の時にギリシャからアメリカに渡った彼のネオンの作品からはどこかカタコンベ(地下墓地)にかすかに光る灯のようなつつましくもやわらかな表情が伝わってきます。
越後妻有では、越後妻有里山現代美術館(MonET)のエントランス前に《3つの門のためのネオン》を制作していただきました。彼は門の形自体にとても興味を抱き、人々がその中を通り抜けたり周りを歩いたり、さまざまな距離から見られることを想像したといいます。特に雪の白さに作品の色が映えることを思い、嬉しくなったと記しています。

スティーブン・アントナコス《3つの門のためのネオン》photo:ANZAÏ

村岡三郎(2013年7月3日没、享年85歳)

村岡さんは1965年、第1回現代日本彫刻展(宇部市野外彫刻美術館)に出展以来、日本の現代美術界をリードしてきたアーティストで、海外でも高く評価されました。日本で最も早く溶接彫刻作品を制作したと言われています。
第1回の大地の芸術祭で松之山の大厳寺高原に《salt》という作品を制作していただきました。これは、地下にもぐる鉄の構造物を作り、17トンもの塩を設置するというものでした。村岡さんは、中国新疆ヴィグル地区に赴き、タクラマカン砂漠を旅行するなど、西域に強い関心を示し、この地の岩塩を得たことから、鉄、硫黄とともに塩を使うようになったと言います。
村岡さんは戦中派世代で、厳しい戦争・戦後を生き抜き、身体、宇宙、生命等を強く意識した創作活動をつづけたアーティストでした。

村岡三郎《salt》photo:ANZAÏ

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