5つの芸術祭の現況
今から一年前、新型コロナウィルス感染が世界的に拡大し、それに伴い、昨年予定していた3つの芸術祭(「房総里山芸術祭 いちはらアート×ミックス」「北アルプス国際芸術祭」「奥能登国際芸術祭」)はそれぞれほぼ一年延期とすることが決定された。いずれの関係者も、この一年を内容の充実、開催体制を整えるために与えられた時間ととらえ、それぞれの持ち場で頑張ってきた。しかし、コロナ禍はいまだ終息はしておらず、状況は流動的だ。「いちはらアート×ミックス」はいつでも開催できるようにスタンバイしているが、緊急事態宣言が解除されていない中、準備はストップせざるを得ず、作品の一般公開は遅れることになる。パフォーマンス、食、ツアーについても準備はしているが、見通しは立っていない。出来る限りフルスペックでやりたいし、作品はすべて見てもらえるようにしたい。
もともと今年開催予定だった「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」もフルで開催するつもりで準備を進めている。昨年予定していた海外のアーティストの招聘はすべて不可能となったが、具体的な制作についてはほぼ見通しがたった。
北アルプス国際芸術祭、奥能登国際芸術祭においては、海外アーティストはコロナ禍が始まる前に現地視察を終えていたが、アーティストが来ないと実現できない作品がそれぞれ3つほどある。アーティストたちは、日本滞在前後の2週間の隔離生活も厭わない覚悟だ。
来年に開催を予定している瀬戸内国際芸術祭についても状況は同様で、アーティスト選び、それに伴う現地視察もストップしている。
以上が、私が総合ディレクターをつとめる5つの芸術祭の現況である。
コロナ禍が明らかにしたこと
今回のコロナ禍は、人間は自然に寄り添って生きるしかないということを私たちに突き付けた。越後妻有の「人間は自然に内包される」、あるいは瀬戸内の「海の復権」という芸術祭の基本理念は、今こそ、多くの人々の心に届いたのではないか。そうした理念に通ずる生き方が田舎には残っていて、都市の人間もそこを訪れることでそれに気づいてきた。里山、里海、過疎地、中山間地を舞台とした芸術祭は、それゆえに今あらためて評価され、芸術祭への期待は高まっていることを感じる。
昨夏の越後妻有。緊急事態宣言が明けて、移動制限が解除された時、多くの人が越後妻有を訪れ、楽しんだ。圏域内の人たちもあらためて「大地の芸術祭の里」を見直した。これは私たちにとって大きな自信となったし、今後につながる経験だった。
環境変動の影響は、災害の多発、新型、新・新型ウィルスの発症など、さまざまな形であらわれている。それに対して万全な体制をつくることが芸術祭開催の前提となること、その必要性をあらためて感じている。
自然環境の激変は、都市の均質空間が極めて危ういものであるかを顕在化させた。都市の社会システムそのものが問われる一方、田舎での経済活動の可能性がひらかれる状況も生まれつつある。
各芸術祭の進化/深化
5つの芸術祭は回を重ねることで、それぞれが進化している。
いちはらアート×ミックスは、千葉県市原市の半分にあたる南部の里山を舞台にしている。他の芸術祭開催地同様、過疎化が進むが、そこで奮闘しているローカル線・小湊鉄道を軸線として作品展開を図っている。「駅舎プロジェクト」の作品たちが各駅をつなげ、地域に点在する各施設の導入となっている。
8回目を迎える越後妻有・大地の芸術祭は、作品中心の芸術祭から集落・施設を核とした地域づくりのステージに入りつつあり、現在、10の拠点施設でさまざまなプロジェクトが進行している。
例えば、キナーレでは、現代美術館の改修が進められ、常設展示がリニューアルされるとともに、新たに設けられる企画展示室では、世界第2の収蔵作品数を誇るロシア・モスクワのプーシキン美術館の特別展が開催される。
まつだい「農舞台」と城山は、イリア&エミリア・カバコフの作品を中心とする、自然と人の営みをみせる施設となる。
三省ハウスは、アーティスト・サポーター・お客さんの出会いと交流の場(宿泊施設)として、松之山の拠点となることを目指す。
旧清水小学校は、川俣正さんのディレクションによる世界の地域芸術祭のアーカイブ施設、そして故中原佑介さんの蔵書をベースとした芸術文化のライブラリーとなる。
清津倉庫美術館は、大地の芸術祭の思想的バックボーンをつくってきた磯辺行久さんの作品とともに、越後妻有全体のエコロジーを見せる場として、また企画展会場としての発信を目指す。
越後妻有「上郷クローブ座」はパフォーマンスの公演施設と共にレジデンス施設として、かたくりの宿は、秘境といわれる秋山郷の豪雪の中で育まれてきた集落独自の文化を魅せる宿として力を入れる。
北アルプス国際芸術祭では、第1回目では「水・木・土・空」をコンセプトに、長野県大町市の豊かな自然を背景に鮮烈で爽やかなアート作品を展開したが、2回目となる今回は特に水を中心テーマに据え、北アルプスの水と人間の営みを明らかにする。
奥能登国際芸術祭も同じく2回目となるが、能登半島の突端にある珠洲市全体を会場に「さいはての芸術祭」として特色ある活動を行ってきた。特に現在進行中の「大蔵ざらえプロジェクト」は、高齢者の自宅や蔵に眠る民具など、行き場を失いかねないモノたちを市民総出で収集・調査し、アーティストが関わることで「劇場型民俗ミュージアム」として発信する。全国的に家の世代交代が始まる中、このプロジェクトはひとつの画期的な事例となるはずだ。
瀬戸内国際芸術祭は、瀬戸内全体での取り組みから、各市町村が主体となった動きへと移行しつつある。現地で、あるいはオンラインで、打合せが続いている。
海外からの関心
こうした芸術祭開催に向けた取り組みを通して、コロナ禍によって加速する「21世紀型の美術のあり方」に、私たちがどう肉薄しうるのか、海外からの関心は高い。
アーティストたちはなかなか行けない日本での芸術祭にどう参加できるか、思案をこらし、熱意を示してくれている。
私たちは、国内外のアーティストとオンラインを使い、今まで以上に密にコミュニケーションをとりながら、作品を面白くするための打ち合わせを重ねている。アーティストたちはコロナ禍のなか、思索を深め、創造の力に変えようとしてきた。それは、私たちが昨年6月から続けてきたインスタグラム・プロジェクト「Artists’ Breath」でも明らかだ。世界に目を向ければ、国際的なアーティストが参加する展覧会や芸術祭の開催が軒並み見合わされている。それだけに日本でリアルな国際芸術祭が開催されることに注目が集まっている。
芸術祭で出会う作品たちは、私たちの期待にきっと応えてくれるはずだ。
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各芸術祭の公式サイトでは、参加作家や作品の情報など随時更新しています。
ぜひご覧ください。
房総里山芸術祭 いちはらアート×ミックス2020+
大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2021
北アルプス国際芸術祭2020-2021
奥能登国際芸術祭2020+
瀬戸内国際芸術祭