TOPIC北川フラム2022.12.23

2022年を振り返る 
「アート=わからなさ」の希望  北川フラム

 2022年は、3年目に突入したコロナ禍と共に幕を開け、2月にはロシアによるウクライナ侵攻が世界を驚かせました。

 1997年に採択された京都議定書は、先進国に温室効果ガスの削減目標を定めましたが、アメリカの脱退により実効力を伴わないものとなり、温暖化の影響により世界各所で自然環境が崩壊し大きな傷跡を残しています。2015年には傷に絆創膏を貼るように持続可能な開発目標(SDGs)が定められましたが、それも抜本的な対策とはなっていません。

 いわゆる日本の経済状況を見れば、円の為替レートが大幅に下落し、1985年には世界の50パーセントのシェアを誇っていた半導体産業は衰退し、さまざまな分野で生産能力が失われ、新しい産業の芽もなく、厳しい局面に立たされています。平成の大合併、クールジャパンをはじめとする国の施策はうまくいっておらず、年金保障制度も不安定化し、パンデミックがそれに追い打ちをかけるように日本の社会構造の脆弱さをさらけ出しました。世界の底流で大きな変化が起こっているにもかかわらず、日本は自立的にどうあるべきかを考えず、アメリカの言いなりになっているように思えます。

 美術界に目を向ければ、わずかな画廊を除けば、美術のバックアップ、インフラに関わる企業や組織は操業停止、あるいは気息奄奄(きそくえんえん)の状況にあると言えるでしょう。私たちアートフロントギャラリーもそうした厳しい状況の中にあります。しかし、昨年開催された「奥能登国際芸術祭」、「北アルプス国際芸術祭」、「房総里山芸術祭 いちはらアート×ミックス」、さらに今年開催された「瀬戸内国際芸術祭2022」と「越後妻有 大地の芸術祭 2022」は、いくつかの可能性を示唆するものでありました。

 5回目となる「瀬戸内国際芸術祭2022」は、春、夏、秋の3会期の総来場者数は72万3316人。前回と同じ集計方法なので、海外からの来客が少なかった分だけの減少にとどまり、コロナ下としては多くの人が来られました。クラスター(感染者集団)も発生することはなく、赤字にもなりませんでした。

 一方、一年の延期により4月から11月までの7か月145日間にわたる長期開催となった「越後妻有 大地の芸術祭 2022」は、来場者574,138人。これは前回の 548,380人に比べると4%の増加となりました(が、半年開催のおかげでした)。海外からの来場者もない中での増加の原因は、リピーター、特に新潟県内から何度も訪れた人が増えたことにあります。男性と女性の来圏者が並んだというのもよい傾向でした。


クリスチャン・ボルタンスキー《森の精》 越後妻有 大地の芸術祭2022 
Christian Boltanski, Les Regards, Echigo-Tsumari Art Triennale 2022 
Photo by Keizo Kioku – Courtesy Estate Christian Boltanski

 大地の芸術祭が終わってから、私は日本学術会議哲学委員会・芸術と文化環境分科会主催の「芸術としての風土」と題した公開シンポジウムに参加しました。そこで私は、「サイトスペシフィック・アート―美術は土地に根差す」と題した基調講演を行ったのですが、このシンポジウムの趣旨は以下のようになっています。

「風土は古来、水土と言われたが、では風土を自然とみなしても差し支えないのだろうか。和辻哲郎によれば、風土は自然環境や自然現象ではない。つまり和辻は、風土を私たち人間に対する対象、人間生活を規定するものではなく、人間存在の自己了解の仕方、あるいは自己客体化、自己発見の契機であると捉えたのだ。 風土の減少は、文芸、美術、宗教、風習のような人間の生活におけるさまざまな表現に見出すことができるという。フランス人地理学者・東洋学者のオギュスタン・ベルクは、和辻の風土論を発展させ、人間存在とその風土との相互関係を積極的に導き、これを通態と規定した」。

 芸術祭を訪れた人々は、里山を、あるいは里海をめぐることを通して、自己発見をしていったのではないでしょうか。

 同じシンポジウムで、動物学者の山極壽一前学術会議会長は、「風土から自然学へ…自然科学と芸術の間で学ぶ新しい環境学」と題して講演されました。約700万年前からの霊長類が猿人と分かれるのは、頭脳・言葉の発達によるのではなく、五官(目・耳・鼻・舌・皮膚)を通した集団形成からだったとゴリラ・チンパンジーの研究から説明されました。胃腸が短い人間は、しょっちゅう食べていなければならず、食糧を確保するために、群れて移動することになります。さらに人間は、栄養をおのれに摂取することだけをよしとせず、仲間に食物をふるまうことに喜びを見出したのです。移動する・集まる・会食する。それは厳しい閉ざされた時代での大切な行為のありかを示しているだけではなく、大地の芸術祭がこの四半世紀にわたり、現代美術が成立することはありえないと言われた過疎・豪雪の地で継続され、地域・世代・国境を超えた人々に愛されてきた理由と照応するように思われます。

 私が主宰する塾にお呼びした東京大学社会科学研究所所長の玄田有史さんが大地の芸術祭を訪れて「希望学」との関連で注目したのが、アートの「遊びと余白」でした。『新明解国語辞典』の「ユーモア」の「不要な緊迫をやわらげる婉曲表現、おかしみ」という意味をひきながら、アートとはそれに近いものではないか、その「わからなさ」こそが人と人との間に「weak ties(弱い絆)」を生みだしうるものではないかと言うのです。

 多様な人々が関わり、アートという「わからないもの」を土地と深く関わる不思議な面白いものとすることに注力し、さらに食のプロジェクトが軸となっていく。大地の芸術祭の四半世紀は、ホモサピエンスの進化と似ていなくもありません。それが、コロナ禍にあっても生き延びてきた理由でしょう。

 芸術祭に限らず、私たちのアートに関わる多様な仕事――パブリックアート、オフィスやホテルのアート、再開発プロジェクト等――は、厳しい状況にはありましたが、アートに対する人々の希求は明らかに強まっているように感じます。こういう時代だからこそ、アートに意味があると思う人たちは増えているのではないでしょうか。

 今年、私たちは指定管理者をつとめる市原湖畔美術館で「試展―白州模写 <アートキャンプ白州>とは何だったか」を開催しました(2023年1月15日まで)。これは山梨県の白州という農村でダンサー田中泯さんが仲間たちと1988年から20年以上にわたって続けた芸術祭の原型とも言える取り組みの全貌を、書籍の出版とともに明らかにしようという展覧会です。私自身はほとんど関わることも、その内容について知ることもなく大地の芸術祭を始めたのですが、今、それを紐解くと実に学ぶことは多い。これからも、自らのプロジェクトだけではなく、異なる時代、地域をつなぐ働きをも持ちたいと思います。

 来年は、奥能登国際芸術祭が秋に開催されます。また、千葉県では、県政150周年を記念して沿岸部の市町村をつなぐ新しい芸術祭が計画されており、「いちはらアート×ミックス」もその一環として開催される予定です。

 今年も大変お世話になりました。来る年もぜひ多くの皆様と協働できれば幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

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