TOPIC2022.05.25
去る3月16日、BankART1929代表であり、アートフロントギャラリー取締役でもあった池田修さんが急逝されました。池田さんとアートフロントギャラリーの関わりは、1984年から現在まで40年近くに及びます。私たちのそれぞれの時代の画期となるプロジェクトの多くを彼とご一緒できたことは僥倖であり、自身もアーティストであった彼が、アーティストに伴走し支援しようとする姿勢から、私たちは多くを学んできました。
池田さんとの出会いは、1984年、私たちが企画運営していたヒルサイドギャラリーで川俣正さんが行った《工事中》に、彼が主宰するPHスタジオが制作アシスタントとして参加した時でした。それから半年後、池田さんはヒルサイドギャラリーのキュレーターに迎えられ、1991年までの6年間、80を超える展覧会を企画。ヒルサイドギャラリーは、若い作家の登竜門として、実力ある作家に対してはターニングポイントの展覧会の受け皿として認知されていったのです。川俣正、岡崎乾二郎、中原浩大、田中信太郎、柳幸典、宮本隆司、山崎博、河口龍夫、西雅秋、白川昌夫、牛島達治、白井美穂、山口啓介、日高 理恵子、牛島智子、坂上チユキ、彦坂尚嘉、坂口寛敏、丸山直文……。現在、日本を代表する作家たちがラインナップされています。ヒルサイドギャラリーは、池田さんの目利きとしての力が発揮された最初の現場でした。
PHスタジオは、美術と建築を横断するユニークなチームでした。1988年、「アパルトヘイト否!国際美術展」の全国巡回のために、移動美術館倉庫トラック「ゆりあ・ぺむぺる号」を制作することとなり、12メートルトラックの改造が暗礁に乗り上げた時、白羽の矢がたったのがPHスタジオでした。154点の作品がすべておさまり、空調機能を備え、しかも巨大な風船が膨らみ、コンピューター制御で光の演出もするという前代未聞のトラックが完成できたのは、ひとりの夢想をあれやこれやで実現してしまう彼らの不思議なパワーでした。
1994年のファーレ立川では、都市のデッドスペースに消火栓をおさめる美しい小屋をつくりました。
2000年、第1回の大地の芸術祭では、ジェームズ・タレルの《光の館》へと続く坂道をゆく人たちのために休憩所《河岸段丘》をつくっています。住民とのワークショプを繰り返し、地域の条件を活かした小さな空間には、水道とカウンターが整備されていて、彼らの細やかな心遣いが感じられました。
2004年、池田さんは歴史的建造物や倉庫を文化芸術に活用して都市再生を目指す横浜市の創造都市構想のコンペを勝ち取り、BankART1929を設立します。そしてみなとみらい地区の古い建物を次々と再生、プロデューサーとしての能力を発揮していきます。2006年には、越後妻有の桐山地区の空家に「BankART妻有」を設立。池田さんは改修にあたり、以下のようなメモをつくっています。
「普通の家をふつうの家のように改修していきたい。外にあるキッチンがあってもいい。外の風呂もあっていい。ありとあらゆる部分をそのままにしておきたい。ありとあらゆる部分をアーティストの手にゆだねたい。誰が訪ねてきても普通に過ごせる家にしたい。」
今年の「BankART妻有」は、芸術祭会期中の7月30日から9月4日までオープン(火・水休)、ワークショップやイベント、レクチャーが開催されるなど、この夏も様々な活動が予定されています。
BankART1929という場を得て、池田さんは膨大な数の展覧会、アーティスト・イン・レジデンス、スクール、コーディネート事業を実施、多くのアーティストを世に送り出してきました。池田さんの紹介で大地の芸術祭等の地域芸術祭に参加したアーティストも数多くいます。「いいアーティストがいる」と目を輝かせて嬉しそうに話すときの池田さんの姿が思い出されます。
池田さんは独特の歴史センス、国際感覚で、台湾、韓国、ドイツ等の外国と国際交流を続けてきました。江戸時代の朝鮮通信使をヒントに、今日の新しい日韓文化交流を目指す「続・朝鮮通信使」は、2016年以降、瀬戸内国際芸術祭と連動して展開されました。
池田さんは出版事業にも熱心でした。本が売りにくくなるなか、BankARTは「本は文化を表現する形式」として大切に考え、自分たちの事業に関わる出版だけでなく、様々な美術に関わる本を取り寄せ、販売してくれました。アートフロントギャラリーの兄弟会社、現代企画室とは2011年から『中原佑介美術批評選集』を共同出版しています。
2019年からはアートフロントギャラリー取締役に就任、ますますの協働を期待していた中での突然の逝去でした。あらためて池田さんから享けとったものの大きさを感じます。
多くの感謝と共に、心からのご冥福をお祈りいたします。
池田さんの65歳の誕生日にあたる6月14日(火)から19日(日)まで「池田修を偲ぶ6日間<池田修の夢と仕事>」が開催されます。ぜひご参集ください。
池田修プロフィール
1957~2022(享年64歳)大阪生まれ。B ゼミスクール卒業後、都市に棲むことをテーマに美術と建築を横断するチームPHスタジオを発足。代表作は広島のダム湖に沈む町でのプロジェクト「船、山にのぼる」。ヒルサイドギャラリーディレクター(1986~1991)を経て、2019年よりアートフロントギャラリー取締役に就任。2004年からBankART1929の立ち上げと企画運営に携わり、2007年NPO 法人化とともに理事長に就任。2009年度 芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。