TOPIC2022.11.22

『中原佑介美術批評選集』10巻刊行! いま、「中原佑介を読む」こと

  第8回となる「大地の芸術祭」開催中の今年8月から9月にかけて、『中原佑介美術批評選集』第7巻、第10巻が刊行されました。2011年8月、同年3月に亡くなった美術評論家・中原佑介の偲ぶ会の開催に合わせて刊行がスタートした本選集。ついに第1巻から10巻までが出そろい、最後の2巻を残すのみとなりました。

第1巻から10巻までそろった中原佑介美術批評全集

 中原佑介(1931-2011)は、1955年、美術出版社の公募論文で一等となった「創造のための批評」(『美術批評』誌掲載)で美術批評家としての活動をスタートします。当時24歳。京大物理学科の大学院に在籍し、湯川秀樹研究室で時代の花形とも言えた原子力の技術者・研究者への道を歩んでいた中原の異色の経歴は、大きな話題となりました。

 中原は情報通信技術(サイバネティクス)への言及から論を始め、「思考機械」が人間の知的活動を圧倒するであろう将来を正確に予見し、人間が物質に働きかけて「変革」する意識活動である点に、思考機械にはなしえない芸術の役割があると論じました。芸術にこそ人間の生活の条件を変革する真の可能性があると見定めて進路を変更した、若き中原さんの気概が伝わってくる論が展開されます。さらに中原は、批評は単に批評で終わってはならない、それがアーティストのあらたな創造につながらなければならないと論じます。そこにこそ、中原の批評の真髄がありました。やがて中原は批評にとどまらず、キュレーター、国際展のコミッショナーとして美術の現場にも深く関わっていきます。

「人間と物質」展当時の中原佑介 撮影:安齊重男
「中原佑介美術批評  選集」第5巻『「人間と物質」展の射程』より

『中原佑介美術批評選集』は、1955年のデビューから死の前年の2010年まで、足かけ56年に及ぶ中原の膨大な批評活動から重要な論考を精選し、11のテーマに分けて編んだもので、BankART1929と現代企画室による共同出版プロジェクトです。編集代表は故・池田修と北川フラム。第2回配本から編集委員に加治屋健司、粟田大輔、永峰美佳、書誌・文献調査にアーキビストの鏑木あづさが加わり刊行を重ねてきました。月報のインタビューの聞き手・構成は福住廉がつとめています。

「中原佑介美術批評  選集」装丁は浅葉克己。中原佑介のイニシアル「N.Y.」を展開したデザイン。月報のインタビューには、池田龍夫、塩田千春、磯崎新等が登場。

『創造としての批評』と共に第1回配本となった第5巻『「人間と物質」展の射程 日本初の本格的な国際展』は、「中原佑介」の代名詞のように語られる伝説的な国際展、東京ビエンナーレ「人間と物質」(1970年)を中心とした論考です。自らコミッショナーをつとめ、ダニエル・ビュレンヌ、リチャード・セラ、クリスト等、やがて大スターとなるアーティストを結集した展覧会は、中原の目の確かさを裏付けるものでした。本書では、この展覧会に海外アーティストのアシスタントとして関わり、そこで記録写真を撮ったことがきっかけで、アート・ドキュメンタリストとして活躍することとなった安齊重男による記録写真も多数掲載しています。

「人間と物質」展に集結したアーティストたち 撮影:安齊重男
「中原佑介美術批評  選集」第5巻『「人間と物質」展の射程』より
東京都美術館の展示室を梱包するクリスト 撮影:安齊重男
「中原佑介美術批評  選集」第5巻『「人間と物質」展の射程』より

「人間と物質」展の1970年前後を中心に、中原は、驚異的ともいえる密度で射程の広い論考を次々と発表しています。なかでも注目したいのは、美術を既成の枠でとらえず、時代の状況のなかでその範囲や役割を位置付けようとする姿勢です。美術が本来もつ「見せもの」性、人間が物質に「かたち」を与えようとすることの意味、「実用性」を軸に美術の領域を可動的に捉えること、「情報」と「環境」の流動する境界で芸術が果たす役割など、文明と芸術を論じる中原さんの明晰な批評は時代を超えて、いま現在私たちが置かれている状況についてこそ、読むものにさまざまな発見を与えてくれます。

 1980年代後半以降、中原は、同時代の動向や芸術思潮について言及することが少なくなっていきます。その中原が、2000年「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」が始まるとともに、それについて活発に論じていることは、特筆に値すると思います。大地の芸術祭の画期性として中原は、「非都会美術の可能性を開いたこと」、「地域住民と美術家双方に意識の変化を促したこと」などを挙げています。日本発の新たな試みと言える農耕地域での芸術祭に、美術が情報のミクロな操作を超え、人間の生活環境に働きかけて変革する可能性の萌芽を感じとったのでしょうか。続く第2回、第3回の芸術祭を終えての論考は、それぞれ「芸術の復権の予兆」、「『前芸術』の祭典」と題され、中原が大地の芸術祭に「希望」を託していたとさえ感じられます。そしてそれらの論考は、大地の芸術祭という美術の未知の領域で試行錯誤する人々に、指針と励ましを与えるものでもありました。

 中原の実質的な絶筆となった「越後妻有アートトリエンナーレのもたらしたもの」(2010年、選集第10巻に所収)は、「大地の芸術祭の第四回目を見て、私は本格的な芸術論が必要な時期にきたと思いました」という言葉で結ばれています。中原が生きていたら、その先を、現在の大地の芸術祭をどう見ていたでしょうか。どのような芸術論が展開されていたのでしょうか。

川俣正《中原佑介のコスモロジー》(大地の芸術祭 2012)photo by Osamu Nakamura
大地の芸術祭のアドバイザーでもあった中原佑介の遺族から寄贈された蔵書約3万冊を使い、中原と芸術祭の関わりを表現したインスタレーション。

 長い時間をかけて刊行してきた『中原佑介美術批評選集』も、2023年初夏に予定している第6回配本(第11巻「作家論」と書誌や年譜をまとめた第12巻「資料編」)を残すのみとなりました。選集完結を契機に、これからは、中原批評が現在の状況に対してもつアクチュアリティを検証していく段階に入ります。中原が私たちに遺した宿題に応えるため、越後妻有の「妻有アーカイブセンター」(旧清水小学校)に保管されている中原の蔵書約3万冊なども手がかりにして、「大地の芸術祭論」を深めていくプログラムが現在構想されています。

中原佑介の蔵書が保管されている「妻有アーカイブセンター」 大地の芸術祭 2022では川俣正《スノーフェンス》が外壁に設置された。 photo by Keizo Kioku

「中原佑介美術批評  選集」既刊一覧

第1巻『創造のための批評 戦後美術批評の地平』(2011年8月)
第2巻『日本近代美術史 西洋美術の受容とそのゆくえ』(2015年3月)
第3巻『前衛のゆくえ   アンデパンダン展の時代とナンセンスの美学』(2012年4月)
第4巻『「見ることの神話」から アイディアの自立と芸術の変容』(2013年5月)
第5巻『「人間と物質」展の射程 日本初の本格的な国際展』(2011年8月)第6巻『現代彫刻論 物質文明との対峙』(2012年4月)
第7巻『メディアとしての芸術 漫画・デザイン・写真・映像』(2022年8月)
第8巻『現代芸術とは何か 二〇世紀美術をめぐる「対話」』(2015年3月)第9巻『大発明物語 芸術と科学的思考』(2013年5月)
第10巻『社会のなかの美術 拡張する展示空間』(2022年8月)


社会のなかの美術
拡張する展示空間
中原佑介/著
2022年9月刊行
定価2500円+税
B5変並製・364頁
ISBN978-4-7738-2208-3 C0070
出版 現代企画室

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